東京地方裁判所 昭和40年(ワ)800号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕そこで、不法行為の成否を考えるに、過失によつて不法行為の成立しうる場合のあることは民法第七〇九条により明らかである。しかし、過失とそれに基因する損害があるからといつて常に不法行為が成立するものとはいえない。不可欠の要件は「権利侵害」である。しこうして、侵害された法益が物権などのように、一定の利益を積極的に享受することを内容とし、かつ法制上も権利の形式を十分具えている場合には、それがいやしくも侵害されれば、右要件が充足されるのであるが、貞操、名与、自由(肉体的または精神的)などのように、その被害法益が第三者から不当な方法で侵害されないことを主内容とする場合には、単に客観的に右法益が侵害されただけでは足りず、その侵害の手段、方法が特に違法であることを必要とし、これによつて、はじめて「権利侵害」という要件が充足されるものと解すべきことは近時の定説である。
ところが本件においては、原告の侵害されたとする法益は、いわば契約締結の自由であつて、前示法益の分類のうち後者の範ちゆうに属することが明らかである。したがつて、その侵害の手段方法が特に違法(この場合の違法性の内容は結局は公序良俗違反ということに帰する)でないかぎり不法行為は成立しないことになる。しかるに、被告東洋興発は前示のような過失があるとはいえ、被告細田に賃貸権限があると信じたからこそ契約を締結させたものであり、無権限であることを知りながらこれを秘匿したとか、その他特段の偽計を弄したなどというように、同会社が違法な方法を用いたという事実は証拠上全く認め難い。(伊東秀郎 寺井忠 奥山興悦)